大井恒行の読む8月の句      

たたまれて弔旗のごとし黒日傘

               出口善子

弔旗とは、国家の長が亡くなったときに掲げる国旗のことである。竿の球を黒い布で包み、旗竿と球の間も黒い布で覆う。その際、旗を竿球から少し離して、旗を掲げる。また、単に半旗にする場合も弔旗という。

夏の日盛りに使われる日傘、それも黒い日傘が畳まれているのを見た作者は、それをあたかも弔旗のようだと思ったのである。背景には、もちろん、戦争で亡くなった人々への弔意もあるだろう。とりわけ、戦後、日本の夏はそういうふうに思われてきたであろう。その意味で言えば、この句には、国家への異議申し立ても同時に含まれているようだ。

かつて山頭火は「弔旗へんぽんとしてうららか」と詠んだことがある。あるいは、また、60年安保で虐殺された樺美智子を詠んだ「議事堂に弔旗なけれど樺の忌」宇井偉郎の句もある。

出口善子は、戦争体験を手放すことなく詠みつづけた鈴木六林男「遺品あり岩波文庫阿部一族」の直弟子である。師の志を継いでいるにちがいない。「冬桜自決は死語となりつつも」「万骨の一片として夏痩せて」「国籍は被爆国民水を買う」「天災や棄民は明日も死語ならず」。

(でぐち・よしこ)、1939(昭和14)年、大阪市生まれ。『羽化』(角川書店10年8月刊)所収。





トップページ/目次/サイトマップ/労働相談ページ